21世紀最初の年は、自分にとっても一つの節目だったような気がする。前回の8000m峰登頂から4年が経過し、どこかに焦りが芽生え始めていた。1年後の今、なぜそんなことにこだわっていたのか不思議な気さえするが、結果的にそのこだわりが心理的無秩序から私を救ってくれることになった。春に決めていたパキスタンの鋭鋒ナンガパルバット遠征の資金を振り込み、現地から登山の様子を発信したいという夢を実現するべくホームページを立ち上げた矢先に、右胸のしこりが悪性であることが判明した。通常の状態なら一気に病気に取り込まれてしまうところだったが、すでに新たな目標に向かって気持ちが走り始めていた私は、「今年は8000m峰に行きたい」という願望から目をそらすことができなかった。

そうしてかろうじて得たチャンス、秋のマナスルでは、参加できた時点でほとんどその目的を達成していたので、自由な気持ちで山に取り組むことができた。偽りない気持ちをホームページにリアルタイムで表現することは、山岳小説という”表現”がきっかけとなって山の世界に入った私にとって、本当にやりたいことの一つであったこともわかった。帰国後、初めて8000m峰の頂に立ったときから漠然と考えていた「没入感」と「多幸感」の因果関係について科学的にも考察を深めたくなった私は、この春大学院に入学した。私のような衝動の虜になりやすい者は、もしかしたら防衛本能で常に向かうべき目標を定めて社会との調整を図っているのかもしれないが、それもけっこう楽しい人生である。