語学が悩み?

青春のロッキーの山麓へ

 ことは3年前までさかのぼる。たしか「岳人」だったと思う。岩あり雪ありの外国の山岳スクールの記事がカラーで紹介されていた。3ヶ月間の合宿で、登山技術を徹底的に教えるスクールの存在だ。漫画「タイガーマスク」で有名になった、レスラー養成の厳しいトレーニング場、あの「虎の穴」のまさにクライミング版なのだ!
「むっ、これはゆかねば!」
 山が大好きなうえ、英語しゃべれるようになりたい病の私は、即座に目をつけた。が、なぜかその記事は、肝心なときにどうしても見つからず、山岳スクールのことは私の胸の奥深くにしまわれていったのだった。
 そして今(今年3月)、私が乗った飛行機は一路、カナダのカルガリーへと向かっている。中国風に書けば「登山的〃虎の穴〃」、Yamnuska(以下ヤム)の3ヶ月コースを受けるためだ。山の経験が浅いままヒマラヤに登ってしまった私は、常々、一から山登りの基本を学び直したいと考えていた。ある遠征の中止を機に、昨年夏から、インターネットを使って、ずっと長期の山岳スクールを探していた。その方面に詳しい戸高雅史氏にも相談した。
 けれど、どれも長くて1ヶ月。あってもアウトドアリーダー養成的なものばかり。そういったものに興味がないわけではないが、今は純粋に登山技術習得が目的である。そんなとき、「岳人別冊 雪世界」でヤムの存在を知った。さっそく、Eメールで問い合わせてみる。日本人スタッフ難波寛氏の「日本で集中して習うことのできない講習は以下です。クレヴァスレスキュ−、ロックレスキュー、ナチュラルプロの使い方、雪崩講習、アイスクライミング(カナディアンロッキーのアイスは世界一だと思ってます。)、夏の氷河登山」(原文ママ)という返事を読んで、すぐに参加を決めた。
 往復3時間の通勤ラッシュに辟易していた私は、少なくともこれから3ヶ月、ただ山のことだけを考えて暮らせるというだけで、つい頬が緩んでしまう。しかし、一つ問題があった。参加条件の一つに、「お申し込み時に一度スタッフとお電話で話をして下さい。」
 そう、当然のことながら基本的な英会話能力が必要なのだ。「問題があれば、1ヶ月早く来て語学スクールへ」ということだったが、その時やっていた仕事の責任上、それは無理。
「外国隊に参加したことがあるから大丈夫」などとごまかして、結局英会話試験?を免れてしまった。今思えば、なんとか都合をつけてでも語学学校に通うべきだった。コース中は貧弱なヒアリング力のせいで、ずいぶん損をしたはずだ。
 さて、ヤムのあるキャンモアはカルガリーから車で約1時間の小さな町。その玄関にあたる所には、先住民族語で"大きな一枚岩"という意味のヤムナスカ山がある。そこには、初心者向けからビバークを要する手応えのあるものまで約30の岩登りのルートがあるのだ。キャンモアの周囲は、3000m弱の鋭鋒にぐるっと囲まれている。その中でも町のシンボルともいえるThe three sisters(その名の通り、3つの連なる岩峰)のモルゲンロートは秀逸だ。2000mあたりまでが針葉樹林帯で、その上は横縞模様の美しい岩峰帯というのがカナディアンロッキーの特徴。
 約100万年前、氷河が谷を削りながらゆっくり移動していった爪痕である。ということは、ここはかつてギシギシと動く氷河の底?ロッキーは山岳の一生で言えばまだ青春時代だそうで、思いを巡らすと地球の営みの息の長さに圧倒されそう。

自分が情けなくなる

ハードビギナーとの合宿生活

 3月上旬、コース初日、私たちのホームベースとなるカナダ・アルパインクラブのクラブハウスに全員集合。ここはキャンモアの町から歩いて45分ほど離れた静かな森の中。各セクションが終わるごとに骨を休めに帰ってくる場所だ。とはいっても、狭い部屋に2段ベッドが打ち付けられた、男女混合の学生寮みたいなもので、思った通りプライベートはないに等しい。それでも共同生活をしたことのなかった私にとっては何もかもが新鮮に感じる。
 今回集まった生徒は全部で23人。前もってメンバーリストをもらっており、日本人が他に3人いること、女性が同じグループ11人のなかに4人いることはわかっていた。外国人は大人びて見えるので、初顔合わせの時はわからなかったが、みんなの歳を聞いてびっくり。10代がゴロゴロいるのだ。なんと平均年齢は24歳に満たない。それも私一人で平均を押し上げている。トホホ。
 さらにショックなことに、初日のミーティングで、ネイティブスピーカー同士の英語がまるっきりわからずガクゼン。いちおう応急処置として出発前の2ヶ月間、英会話の個人レッスンを受けたが、相手が自分に合わせてくれて初めて会話が成り立っていたことに今更ながら気づく。が、もう遅い。
 ところで、この山岳技術講習3ヶ月コースのお値段は約70万円。プライベートで来れば、30万もあれば3ヶ月充分暮らせることを考えればかなり高額。そこでみんなにきっかけや動機を聞いてみた。27歳の日本人、ヒデのきっかけは、偶然にも私と同じで、数年前雑誌で記事を見て気になっていたとのこと。特に登山業界に接点はなく、山の店のイベントやガイドから学んでいたが中途半端。基本を習得して友だちに教えたいというボランティア派。彼のように、やる気はあるが、接点がないという若い人は、実は日本中にいると私はふんでいる。もう一つのグループの日本人、22歳のトモはもう4年近くカナダに滞在し、アウトドア・インストラクターを目指している。日本語は一切しゃべらない正統派。まだ大学生のユースケはおもしろい。「単なる語学スクールでは実がないので、何かみんなでやり遂げるスクールを探していたら、日本の大学でヤムの情報を見つけた。絵でも音楽でも何でもよかった」というが、それにしては装備も含め多大な出費だ。オフの日は障害を持つ子供のボランティアをする自分探し派。
 女性は私を除いてみんなしっかりしている。ベルギー人のアンジェリクは29歳で地理学の教授、イギリス人のタムシンは28歳の麻酔科のお医者さん。ともに、ちょこちょこと山の講習は受けていたが、中途半端に終わってしまうので、集中して基礎を学びたかったという。女性で唯一はじけているクリスティは、24歳。近い将来女3人で子供関係の会社を設立するべく奮闘中。心理学を専攻し、フィールドを利用して子供のココロの育成に携わるのが夢。
 ああ、書いてて自分が情けなくなる。男の子達はというと、ハイスクール卒業後山の店で働く子、テレマーク派、岩登り派、大学の単位交換制度を利用して来た子など様ざま。親が資金を出したであろうベイビーちゃんもけっこう多いが、なんといっても今が18歳なら10年やっても28歳。若くして自分のやりたいことに気付いた彼らがうらやましい。ビギナーにしてはハードな選択をしているので、私は彼らをハードビギナーと名付けた。

目からウロコの日々

Ice Section

 なにはともあれ、まず「あいす・セクション」が始まった。車でバンフ、レイクルイーズを通り過ぎ、その名もIcefields Parkwayを北上したところにある国営のユースホステル「Rampart Creek Hostel」に移動。このセクションのインストラクターは、ニュージーランドから来たガイド歴20年のポール、エベレストやK2のサミッターで、エクストリームアイスクライマーとしてIMAXの映画にも出演しているバリー。そして28歳のシュテファン・クロヴァッツ似の美男子デイブの3人。
 オールラウンダーのポールはコース前半のメイんインストラクター。そのほかに1人ないし2人、そのセクションのスペシャリストを呼ぶといった形だ。お目当ての氷瀑は、あまり車の通らない国道から歩いてすぐのところに豊富に散在し、登っていると野生のビックホルン・シープが横切ったりして、まったく贅沢な環境なのだ。難波氏が世界一と言ったのも頷ける。
 アイス・クライミングは初体験の生徒が多く、ほとんどの者がギアをヤムからレンタル。トレーニングの場所はその日によって異なり、2人のインストラクターがそれぞれ2人ずつマルチピッチに連れ出し、残り7人はゲレンデで基礎訓練。20本のアックスを氷に並べてトラバースを繰り返すなど、基本からじっくり教え込まれる。インストラクターはアンカーの作り方からカラビナやスクリューの向きまで間違った方法の危険な理由を論理的に説明しながら教えていく。日本で主流のアンカーの流動分散は避けるよう指導されたときは目からウロコだった。支点が1本抜けてしまった瞬間、スリングがいっぱいに伸びてしまい、残った支点に衝撃が強くかかってしまうからだ(注→この件に関して、「岳樺クラブ」の佐々木貴之氏がその危険と対策を述べられていますの参照してください)。リードの練習は、最初1本アイススクリューをねじ込んでは次の生徒に交替し、慣れるにしたがった2本、3本と増やしていく。8日目の最終日には、ハードビギナーズも3級程度のリードをこなせるようになった。この日は、隣でおじいさんがスキーブーツに鉄の爪をひもで結んだ小さな子供に教えていた。こんな環境なら、上手くなるよなあ。
 1日の楽しみ、食事は、用意されている材料を当番2人で調理する。たいてい朝はシリアルやマフィン、昼はサンドイッチ類、夜はパスタやタコス、ライスなどの主食に豆やトマトのソースをかけたものなど。けっこう手の込んだものを作らされる。時々「ん?」というものもあったが(チキンライスをソフトタコスで巻くとか)、基本的に運動の後はなんでもおいしい。
 ホステルにシャワーはないが、薪ストーブのサウナがあり、ストーブの上にのせられた石に、小川で汲んだ水をかけては、ジュージューと蒸気を楽しむ。最後にストーブで沸かしたお湯で汗を流すと、もうほっかほか。周りに人家の明かりはなく、星が降るように見える。夜空に青く光る柱、ノーザンライツが、またたく間に現れては消える日もあり、初めて見る神秘的な現象にみんなで息を飲む。

熊の国に入り込んで

Shakedown Ski Trip

 息つく暇もなく、次は山スキーだ。私も20代前半は、ゲレンデスキーに凝ったものだが、山スキーは生まれて初めて。思えばその頃、ゲレンデでは飽きたらず、滑走禁止の新雪区域に入り込んだっけ。今、堂々と大自然のパウダースノーの世界へ、いざ。
 今回のインストラクターは、前回に引き続きポール、ドイツ人のようなひげ男スティーブ、リスのようなかわいいデイナ(26歳だが、すでにスキー歴20年!)。日帰りツアーで基本を習った後、5日間のMt.アッシニボイン州立公園トリップへ。片道22kmを2日かけてクロスカントリーし、ようやくカナダのマッターホルンと呼ばれる秀鋒、アッシニボインに出会える。
 が、スキー自体4年ぶりの上に、重い荷を背負って滑るのが慣れないせいか、何度も転びまくる。おまけに足の裏はマメだらけ。自作サンドイッチを頬張っていると、アッという間に野生の小鳥達が寄ってきて慰めてくれる。でも、エサをやるのは厳禁。野生動物の自活力を守るためだ。山のハードビギナーたちは子供の頃からパウダーに慣れ親しんでいるようでみんな上手い。ジャンプもお手の物。3日目、4日目は2つのグループに分かれて、それぞれ目標の山を決め、ナビゲーションとルートファインディングの訓練をする。
 せまい日本と違って、人もトレイルもほとんど見あたらないため、やりがいがある。基本的に生徒の自主性にまかせられ、交替でリードしていく。インストラクターは後ろからジッと観察している。そして、夕食後のミーティングの際、その日の問題点を話し合うのだ。こういう時、外国人は活発に発言する。反対意見もはっきり言う。基本的な点で、ハードビギナーたちから学ぶことは多い。
 カナダのキャンプ場には、「ここはベアーカントリーです」という看板が必ずといっていいほどある。そろそろ熊の目覚めのシーズン。食べ物はおろか、歯磨き粉や石けんなどの匂いのキツイものは全てキャンプサイトに設置された倉庫にしまったり、木に吊さなければならない。また、カナダでは、MSRというホワイトガソリンを燃料とする火器が主流だが、これも初体験。火をつけるのに多少手間はかかるが、なかなか火力が強く慣れると便利だ。ちなみに、ビーコン、スコップ、ゾンデは一人1つが常識。
 それにしても、トレイルのない針葉樹林帯の中を縦横無尽に歩き回り、好きなルートを登り、滑り降りられる山スキーって、やっぱりすごい!シールはえらい!こんなおもしろいものを今まで知らなかったとは不覚。日本に帰ったら必ず板を手に入れよう。(以下次号は)

カナダの”虎の穴”ヤムナスカ登山学校

Summary of Mountain Skills Semester
Organized by Yamnuska Inc.
(1999年春期コースの場合)
●期間:3/7〜6/6
●費用:C$8420(食事、宿泊費、コース中
の移動交通費、団体装備レンタル料、公園使
用料、カナダ山岳会会員費、税金込み)+装
備保証金C$100+キャンセル保険C$505(怪
我と第一等親の不幸によるキャンセルの場合
のみ、費用の全額が返還される保険。任意で
すが、コース開始4週間前よりキャンセルが
効かないので、入った方がよいと思う。)
●条件:日常会話程度の英語力、英文診断書
●コース内容(準備デーも含む):
3/8〜3/15 Ice Climbing
3/17〜3/23 Shakedown Ski Trip
3/25〜3/30 First-Aid
4/1〜4/9 Ski Trip - Avalanche Awareness
4/11〜4/16 Glacier Ski Trip
4/17〜4/22 Course Break(中間休み)
4/23〜5/2 Whitewater Canoeing
5/3〜5/7 River Trip
5/9〜5/16 Glacier Mountaineering
5/18〜5/28 Rock Climbing
5/30〜6/4 Expedition
●問い合わせ先:Yamnuska Inc.
200, 50-103 Bow Valley Trail, Canmore
Alberta, T1W 1N8, Canada
TEL 1-403-678-4164 (代表)
TEL 1-403-678-7992 (日本語ライン)
FAX 1-403-678-4450
ホームページ http://www.yamnuska.com
Eメール info@yamnuska.com 日本語
(難波寛)namba_yamnuska@telusplanet.net
そのほか、秋期コース(1999/9/5〜12/4)、
カナダ−ニュージーランドコース
(1999/12/27〜2000/3/27 C$13,500)、夏
期・冬期マウンテンリーダーシップコース
(18日間 C$3320)、各セクションの短期コー
スなどもある。

PROFILE

1968年生まれ。山口県の海と山に囲まれた小さな町で、自然を身近に感じながら育つ。大学卒業後、会社員時代にふと読んだ新田次郎の『銀嶺の人』に衝撃を受け、突然思いたって山歩きを始める。96年にエベレスト登山家小西浩文氏のエベレスト隊のBCマネージャーを務めたことがきっかけとなって、ヒマラヤに魅了される。同年、メラ・ピーク登頂。97年にはパキスタンの8000m峰ガッシャーブルムUへ無酸素登頂。アマ・ダブラム登頂。今年は、ヤムナスカ登山学校終了後、マッキンリー登頂。ムスターグ・アタ峰に女性2人で登山予定。
「いつも子供のような溢れる好奇心を持ち、間違いから学ぶことを恐れない人生を送りたい」と思っている。